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The Seed of Truth 
魂の琴線に触れる 煌めく言葉 (by MITSUKO)

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(熱い想いと魂は)My eager soul is never confined to time.
ESSAY


Everyone has 24 hours each day
and we may easily feel pressed for time.

However, I believe what we need to do is
to find how to organize our time
in the most creative way.

Here is how I spend an ordinary weekday.

The first thing I do in the morning is to meditate.
I get some inspirational thoughts for self-guidance,
write and share my awareness in my blog.

That is my morning ritual to integrate myself
and get ready for the entire day.


When the clock turns to 8am
my hectic schedule starts.

I send my husband off to work
and wake up my little children
who still need a lot of my assistance.

At 9am I drive them to nursery school
and jump back home.
I finish the housework quickly
and set myself to work.

I stay in high gear for the rest of the day.

At 4pm my evening schedule starts.

After I rush to pick up my children,
I am swamped by taking care of them,
cooking dinner, feeding them,
giving them a bath,
and finally tucking them into bed.


Around midnight,
my husband comes home
and I serve him dinner.

Then my busy day comes to an end.

Being myself, a mother and a wife
all at the same time means
that I have no day-off.

However, I never struggle with time.

For me,
time exists for the purpose of
making the best of my life
and it harnesses my potential to the fullest.


My eager soul is never confined to time.


MITSUKO

**************************
          
(Japanese)

もしかすると、近い未来には
変わるんじゃないかと思っているけれど

今のところ、
1日は24時間
ということになっていて、

ともすると、常にアクセク、
時間に追いまわされているような、
感覚に陥ることは多い。

やることを1つでも減らせばいい、
と 夫は よく言うが、
 
仕事も、家庭・育児も、自分育ても
とにかく 「今・この瞬間」
自分を成長させるものは
ぜんぶ 並行してやりたい
わたしにとって、

いかに 限られた時間をオーガナイズするか、
自分がもつ クリエイティビティ、
創造性を最大限に発揮するか、

苦労して こなすんじゃなくて
味わい 楽しむ方法を見つけることは
非常に重要だ。


先日、英文ライティング・エッセイのお題で
自分の平日の過ごし方を、書いてみる機会があった。

でも、それを書きながら、
結局は 何をいわんとしているのかな……と

伝えるべき 本質的なメッセージって 
何なんだろう、と

自分で自分のアタマの中身、
思考をめぐらせてみた。


それで、いきあたった想いとは――


1日24時間、
時間というものは、

ある意味、自分が 自分自身に対して
限定した枠のようなもので


それは 自分を縛るためにあるんじゃなくて

その限られた中で
いかに 自分のエッセンス、本質を
凝縮して濃密に ほとばしらせて生きるか、
フル活用するか、思考を具現化するか、

本当は そうした ゲームを楽しむために
自分で 自分に課した タイムリミットみたいな、
自分を 前に 押し出す 計り、
ツールの一つじゃないかなと

いうことだった。


私自身で あること、
母親で あること、
妻で あることには
あたりまえだが 24時間、休みがない。

母、妻、自分の 三位一体のフル活動で、
休みなく、猛烈に忙しく 今日も 駆けずり回る。

でも、私は
時間と 格闘することはない。

1歳の息子と 5歳の娘
イタズラと自己主張 真っ盛りの
彼らの 子育ては大変で
ときに イライラ、
ガミガミ 怒ることもあるけれど、

私にとって 彼らは
上下関係、親と子、というより、
「仲間」みたいな感覚の方が強い。

友達みたいな親子というのとも違う。

「仲間」なのだ。


私にとって
時間とは、自らが決めた
限定した枠の中で、
自分自身を最大限に活かし、
生きるために ただ存在する。


熱い想いと 魂は、
これからも、これまでも、

時間という 限定された枠のなかには
決して とどまる、抑え込まれることは ない。


MITSUKO 





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Date : 2009.02.16 Mon 18:36  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(-)
箱の中の自分 (2)
INSPIRATIONAL WORDS


ローリング・サンダーが
「地球における旅を終えた」
という 知らせを 目にしたとき、

身体の奥から震えが 
わきあがってくるのを
覚えたことを記憶している。

「今回の人生は三回目であり、
 自分は、これで 地球の旅を終えるのだ」と

かつて  ローリング・サンダーが
話すのを わたしは 聞いたのだ。

だから わたしにとって
彼の死は、ひとつの時代の終わりと
新しい時代のはじまりを 意味していた。

ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ
(p200)
北山耕平 著

-----------------

ESSAY
(by Mitsuko)


先日、箱の中の自分という
日記を このブログに書いたのですが、

それが 十年前に書いた 
自分自身の 文章、言葉を読み綴る中で
「今、ここ」にある 自分と繋がり
深く気づいたことがあったので
シェアさせてください……☆


          

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


『亡き父のこと』


妹は はしゃぎまわっていた。
母は 目を真っ赤に泣き腫らしていた。

土曜日の早朝だった。

たくさんの人が
ウチに来てくれて
賑やかになって嬉しい

それは幼い妹の
単純な しかし哀れな喜びだった。

8歳の夏、夜中に 突然うめき声をあげ
苦しみだした父は 脳溢血で 
そのまま帰らぬ人となり、
母は29歳の若さで 未亡人となった。

まわりの大人は
みな嘆き悲しんでいたが、
布団に寝かされた父の顔を見て

「ここにあるのは、ただの抜け殻なのに。
 魂はもうここにないのに……。
 どうしてみんな、そんなに悲しむのだろう」

私はそんなことをぼんやりと考えていた。

父の鼻や耳には
脱脂綿が つめられ
触れた額は 氷のように
冷たかった。

訪れた大勢のイトコや妹と私は
子供部屋で遊んでいたが、

1時間に一度は父が眠る 
八畳間に戻ってきて、

少し高い台の上に置かれた
蝋燭に 背伸びして
線香をかざし
火をつけ 父の霊を弔った。

ドライアイスに 身を囲まれた父は
通夜のときも 布団に寝かせられたままだったが、

いつのまにか部屋の片隅には、
カラの大きな白木の棺が置かれていた。

その晩 私は叔母の膝の上で
いつのまにか ぐっすり眠り込んでしまったが、

目を覚ますと
父はすでに その大きな
白木の箱の中に入っていた。

亡くなる1週間ほど 前に
家族でデパートに行ったとき、
父は ある革のベルトに目をとめた。

それが たいそう気に入り
買おうとしたが、給料日の前だったので
金曜日まで待つことになった。

しかし母は 何かの理由で
その日 デパートへ行くことができず、
父にあやまり 来週まで待ってくれるよう頼んだ。

そのとき父は
「いや、いいんだ。
 でも間に合わなかったな……」
とポツリこぼしたという。

その土曜日の午後、
私と母が いっしょにデパートで買ってきたベルトが、
今は棺に納められ 胸の前で合掌した
父の手元に添えられていた。


父の骨は白かった。

前日まで 何の健康上 問題もなく
普通に暮らしていたのだから、

衰弱して亡くなった人々とは違い、
その骨はガッシリとしたものだった。

革のベルトのバックルの部分を
灰の中に見つけた私は、それもいっしょに骨壷
の中に入れてあげた。

あれほど 大きかった父の身体は
こんなにも 小さくなってしまった。

しかし骨壷に納められた
その身体は 今は 
とても 温かだった。

* * * * * *

亡くなってしばらくして、
学校で 社会科見学のようなものがあった。

町外れにあった 大きなゴミ焼却場を見学して
家に戻ってきた私は、
母とそのときちょうど家を訪れていた叔父に、
今日学校でこんなことがあったんだよと報告し、

最後に「思い出しちゃったよ……」と
ボソッと つけ加えた。

「何が……?」
「いいから言ってごらん」
叔父と母にせかされた。

「お父さんが焼かれたときのこと……」
「今日、隙間から火が見えたんだよ」

5分か10分ほどして、
私はテーブルの陰で 母が叔父の膝に突っ伏し、
ほろほろと 泣いていることに気づいた。

母はその晩 半狂乱になった。
母が一番頼りにしていた
すぐ上の姉に電話がかけられた。

叔父は「ミツコが悪いんだぞ」と言った。

憑かれたように泣き続け、
叔母から子供のようになだめられ
ベッドに寝かされる母を見ながら、
私もぽろぽろと泣いた。

* * * * * *

父が亡くなってから、
毎日夕方になると 妹と母の3人で
墓参りをした。

お墓にある水道の水じゃ、
お父さんがかわいそうだから、
と家からヤカンに水を入れ
毎日持っていき、

まだ新しく土が盛られただけの
墓の石の上に水をかけてあげた。

線香に火をつけるときになると、
妹は 保育園で習ってきた
「燃えろよ、燃えろ」の歌を歌った。

線香に火がつき、なかなか炎がおさまらないと、
これはね、お父さんが喜んでるんだよ……
と妹は言った。

ある夕方、墓を訪れた
私達3人は ぎょっとしてしまう。

その土の上を十字を切るようにして、
縦に横に幅10センチほど、土がぼこぼこと
気味悪く盛り上がっていたからだった。

お父さんが、
なんか怒ってるのかな……
妹は言った。

しかしそれは、酒の好きだった父に
給料日前、死ぬ前に存分に酒を飲ませて
やれなかったことを 深く悔いた母が、

その丸い墓石の上に毎日酒をかけたことで
モグラがやってきて、トンネルを掘ったことにより
できたものだと判明した。

それから母は 墓石に
酒をかけることをやめた。

* * * * * *

写真の中で 微笑む父は、
ずっと39歳で止まっている。

私は 母や妹とはあまり似ていない。

私は非常に身体の弱い子供だった。
そして深く深く父に愛された。

父が亡くなって1ヵ月ほどして
私は肺炎にかかり、病院に行くのがあと1日
遅れていたら手後れだったと言われた。

周囲の人々が、ミツコのことを
うんとかわいがっていたから、
きっと心配で 心配でしょうがなくて、
いっしょに連れていきたかったんだろうね……
と話していたことを 思い出す。

* * * * * *




今 思えば、
人が生きるって こんなことなんだよ
たましいって 永遠なんだよと 
最初に 教えてくれたのは
幼い日の 父だった。


わたしは、あの白木の箱が こわかった。

自分が死ぬことは怖くないのに、
でも 人の死、亡くなった人の体を見るのを
異常に 恐れていた。

誰かのお葬式に参列した日は
最後のお別れは 目に焼き付いてしまうから
できるだけ 見ないように 下をずっとむいていた。

そうした晩は、眠れなくなり、
部屋中の電気を つけっぱなしにして 
ベッドにもぐりこむようになった。


でも あの箱は 
この世での 生を終え、
母なる この瑠璃色に輝く 地球から 
また ひとり ひとりと 旅立っていくための 
乗り物、器、宇宙船のような 
ものだったのかもしれないと
いま 気づいた。


悲しみも 喜びも 感動も
「感じる」「感覚をひらく」ということを
もし 私は 全開にしてしまったら

辛すぎて
きっと 自分自身が崩壊して
しまうんじゃないかと どこかで
思っていた。

でも そんなことは 決してないのだと
わかった。

なぜなら 自分の人生の
巨大スクリーンに映し出されるもの、
描き出されるもの、
どんな周波数に合わせるのか、
どんなドラマを見たいかは
自らの選択、意志によるものであり、

それを司る リモコン、スイッチは
自分の手の中に あるのだと
気づいたからだ。


箱の中の自分
父が入れられた 白木の箱

10年前に書いた自分の文章を読みながら
なにかが ふっと また繋がった。


今は 感じなくていい、
見たくない、こわい、コワいという 
どこからくるのかわからない
根深い恐怖は、

実は 単なる
カモフラージュ、カバーアップで、

そうした恐怖という名の下に
わたしは 多次元的な意味でも 
「感じる」という力、
誰もがもっている感覚を
ブロック、封じ込めていたのかも
しれないな……と気づいた。
 

箱は なくなった
もう 恐れることは なにもない

いま この時を 
全身全霊を もって
感じ、受け取ればいい


MITSUKO




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Date : 2009.01.23 Fri 19:08  Essay (エッセイ)| コメント(2)|トラックバック(-)
The true gifts of experience (2)
OPINION & ESSAY


★昨日からの続き

だが その後
彼女は 姿を変えられて
今となって われわれの目に彼女は
昔のように ひとりの
生きている女性としては 映らない

にもかかわらず
彼女には脚があり
腕があり 頭があり
心臓があり 肉も 
骨も 血もある

土は 彼女の肉であり
樹など さまざまな植物は
彼女の髪で

岩山は 彼女の骨
鉱物資源は 内臓で
そこに 吹きわたる風は
彼女の 息なのだ

彼女は そこに 長々と横たわり
その彼女のうえで われわれは 暮らす

寒いと 彼女は縮こまり
震えて 風邪をひくし
暑い時には だらりと
身体を伸ばして 汗もかく
彼女が動くと 地震が起こる

ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ
(p151)
北山耕平 著

-----------------

OPINION & ESSAY
(by Mitsuko)

The true gifts of experience
**************************

          
(Japanese)

「生まれてから 死ぬまで、
同じ場所に ずっと住むのと
転々と 住みかを変える生活と
どちらが よいだろうか?
比較せよ」

という 英文ライティングの
お題があった。

-------------


はるか太古の昔から
人の住環境のパターンには
大きく分けて
定住型と移住型の2つが
あるように思う。

そのなかでも
すっごい 極端な例、
ある一例として
想い浮かんだのは、

定住型というのは、
いわゆる 地球上のネイティブな人々、
定住型のアフリカやアメリカ、
世界各地の原住民、先住民族、部族の方々
(もちろん 狩猟採集型で 移動する部族もあるけれど)

移住型は、
ジェット機で がんがんと世界を飛び回る
現代のビジネスマン、ウーマンの方々、
あるいは世界各地を旅する放浪型の人々だった。


どちらのタイプの生き方
定住型、移住型であっても
違った質の 生き方の学びが
あるだろう。


根本的には、
わたしたちは どこに住もうが
結局は おなじ
人生は人生、いっしょだ。


たとえば、アフリカ原住民の方々であっても
現代型ビジネスマンであっても、

日々の生活の雑事を こなしたり 
自分の行動から発する 
様々な責を負うことは
避けられないし、

どんな環境に あったって
チャレンジは必ずある。

でも、違うのは
「何を 選び 体験するか」
ということだと思う。

たとえば、
生まれてから死ぬまで 一か所に住む
アフリカ原住民の定住型部族であれば
自分が生き死んでいく 終の棲家 
母なる大地や 自然への感謝や理解、
安らぎといった 根本の部分での
絆、感覚のようなものが
深く得られるかもしれない。

一方、世界中を飛び回る人々や、
放浪型の人々であれば、

その土地でなければ得られないような
興奮や刺激、体験を得て
自分の視野を大きく広げるような
情報やリソース、人々との交流に
出会えるかもしれない。

わたし個人的には、
定住型でも 移住型でも
それは 重要ではないように思う。

大事なことは、
「今 ここ」において
意識をもって 生きること

どんな環境、状況にあるときでも
そこに 今 在ることを 感謝し

自分なりの方法 感覚で
心から味わい 楽しみ 
自分自身を 表現し 
生きることだと思う。


そうでないと
自分の人生が いま
与えようとしてくれている
本物のギフト、体験の中から生まれる
喜びも 悲しみも 感動も
きっと 真に味わえないと 思うから――


MITSUKO




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Date : 2009.01.09 Fri 07:36  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(0)
The true gifts of experience (1)
OPINION & ESSAY

年老いたものと呼ばれる
長老の神々のチーフが
あるとき この地球を
女性として 創られた。

「わたしは すべての
 人間たちの母親になる」

女性として 誕生した
地球が そのようにのたまわった。

そのようにして つくられた 
この地球は
かつては ひとりの女性だった。

彼女は、今も生きている。

ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ
(p150)
北山耕平 著

-----------------

OPINION & ESSAY
(by Mitsuko)

Essay Topic:

Is it better to have lived
in one place all one's life
than to have moved around?
Compare and contrast.

-------------


Since ancient times,
there seem to be
two prominent types of living:
settled and nomadic.

To give extreme examples,

settled people are those
who live in one place
almost all their lives
such as settled tribal Africans

and nomadic people are those
who frequently move around
such as modern business people
jetting around.

Both offer a different quality of life learning.

From a fundamental point of view,
no matter where we live, life is life,
and it is the same.

For instance, native Africans
and modern business people
both still have to take care of
their everyday matters and responsibilities;
there will always be challenges
in any environment.

However, the points of contrast are
what these different groups experience.

Staying in one place may give
those African people the sense of stability,
and help cultivate a deep understanding
and appreciation for the mother land and nature.

Meanwhile, moving around may give
those business people
a rich experience of excitement
and access to plentiful
information and resources,
which broadens their horizons
and expands exchanges between people.

In conclusion, being settled or nomadic
is not that important.

The most important thing is
to live consciously
here at this moment
with sincere appreciation,
no matter what kind of circumstances
we are in.

Otherwise, we will miss
the true gifts of experience
which life offers.

MITSUKO


**************************

          
(Japanese)
日本語バージョンは 明日につづく☆



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Date : 2009.01.08 Thu 10:23  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(0)
What we choose becomes our reality (2)
OPINION & ESSAY

Continued from
What we choose becomes our reality (1)
**************************

          
(Japanese)

「人生に対する姿勢には、
大きく分けると、楽観主義と悲観主義の二種類がある。
どちらの生き方をとるべきか?」

という英文ライティングのお題があって、
エッセイのフォームにのっとって、書いてみた。


でも、日本語で書くと、
なぜか、どうしても
グレーゾーンのようなものが出てきて、

人生そんなに簡単に割り切れない、
どっちがいいとか、悪いの問題じゃない、
という想いも出てくる、

が、

もし、どちらか「1つだけ」しか選べない、としたら、
わたしなら、楽観論者の立場をとる。

たとえ、いま、どん底人生にあったとしても、
人生の艱難辛苦に直面したときでも、
楽観主義を選ぶ。

なぜなら、そうした姿勢こそが、
未知なるもの、先に続く未来への道を切り開き、
自分自身の人生をフルに生きる、
楽しむことを可能にする、

そうやって、この私自身は
自分の人生 のりこえてきたような部分があるから。


わたし個人的には、
自分の思考、想いが、
現実を創り上げる、と信じている。

今、頭の中で思いめぐらしていることが
100% まったくそのままとは言わないけれど、
そのパターン、思考、思念は
フォーム、形をとりやすい。

自分自身の現実を形成しうる。

たとえば、もし、オリンピックで最上の成績を残したい、
結果を得たいと望むのなら、最悪の結果ばかりをモンモンと
頭の中で繰り返し、繰り返し、思い浮かべていたら、
とうてい良い成績など残せないないだろうし、

何であれ、まず、最初にすべきことは、
自分が望むものに、自分の波動やエネルギーのレベルを
先に合わせてしまうこと、調整してしまうこと、
先に浸ってしまうことが重要だと思う。

そして、自分が味わいたい感情や波動、エネルギーを
先に味わい、心ゆくまで楽しんで、
あとは、淡々と やるべきことを続ける、
ただ、それだけだ。


何を選択し、選び取り、
何をクリエイトしていくか、するのか、
すべては 自由だ。

だから、別に、楽観主義でも、悲観主義でも、
本当はどちらでもいい。

何事もがんばらないことを旨とし、
ヒョウヒョウと流れるように生きていくのも
いいと思う。


なぜなら、
自分自身が 1コのたましいとして
どんな感情を味わいにやってきたのか、
体験したいのか、
それは、その個人の選択だから。


この世に起きる
すべてのものごとは 中立。
本当は いいも、悪いもない。

最初から 山がそこにあるのではない。
山にのぼりたかったら、山ができるだけ。

わたしの魂は、
その「がんばったんだ」という感情を
味わい 楽しみたかったのかもしれない。

そして
熱いエネルギーや豊かな想いをかかえて、

また時がくれば
宇宙の悠久なる 大いなる源に
還っていく――

それだけだ


MITSUKO



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Date : 2009.01.06 Tue 08:33  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(0)
What we choose becomes our reality (1)
OPINION & ESSAY

A pessimist sees the difficulty
in every opportunity
while an optimist sees the opportunity
in every difficulty.


悲観論者は すべてのチャンスの中に
困難を見ている。

楽観論者は すべての困難の中に
チャンスを見いだす

  イギリスの政治家Sir Winston Churchill
    (1874-1965) の言葉より

-----------------

Topic:
Optimists are people who always expect the best;
pessimists always expect the worst.
Which kind of person is it better to be?

-------------

I believe that we should be optimists
even when confronting great hardship
because such a positive attitude
will pave the way for the future
and allow us to live our lives to the fullest.

First of all, our thoughts create our reality;
it takes form from our perceptions.

For example, if we want to receive the best result,
we must first think of the best:
when we set a crystal-clear goal,
step up to the challenge with steadfast will,
expect the best and go beyond self,
we will surely receive what we desire.

On the other hand,
some people may think pessimistically:
they may think that setting lofty goals
is merely wishful thinking
and it does not work in our real world.
Many of our dreams never come true,
so we should prepare ourselves for the worst.

However, what they are experiencing is
simply the fact that
their deep-seated negative thoughts
took place in exact form.

We can think this way:
it may be true that we all confront
certain challenges sometime.
But if we are optimists
and can see life in a bright new way,
we have nothing to be scared of
because then everything becomes
a precious opportunity to grow more.

In conclusion, I will take an optimistic stance
with my feet on the ground.

Sir Winston Churchill said
“A pessimist sees the difficulty in every opportunity
while an optimist sees the opportunity in every difficulty”.

We all have free will
and can choose whatever we want.

What we choose becomes our reality.


MITSUKO


**************************

          
(Japanese)
日本語バージョンは 明日につづく☆



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Date : 2009.01.05 Mon 07:59  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(0)
Appreciate my own uniqueness (2)
ESSAYS

*********************
(Japanese)


(……昨日からのつづき)

たしかに、自分の容姿について、
何か 根深いコンプレックスや トラウマのようなものを抱えてきた人が
美容整形手術を受けたら、一時的にでも、自分に強く自信を持つことに
つながったり、それが契機になって、物事がうまく前に進むように
なることもあるかもしれない。

しかし、美容整形手術を受けたとしても
あたりまえだが、人生ぜんぶが
パーフェクトになるわけではない。

自分の体、容姿についてのネガティブな感情は、
私にも体験がある。

そのむかし、バレエ・ダンサーをしていたころのこと、
私は自分の体が ほんとうに 大っキライだった。

そしてダイエット地獄から 過食症、摂食障害に陥り
8年間も 過食と嘔吐を繰り返した。
ほぼ毎日だ。


バレエダンサーとして 舞台栄えのする
ガリガリなくらいに やせた容姿を 手にしたら
自分の人生もパーフェクトになる

そんな愚かな想いが、
心の底にはきっとあったと思う。

でも、気づいたのだ。

たとえ、ダンサーとしての完璧な容姿をもち、
満ち溢れた 才能があったとしても、
それだけで 人生万事OKには 決してならないと。

そのときの 気づきや想いは 
まだまだあるけれど

あの餓鬼地獄のような様から
自らの芯棒となるものに立ち還り、
自力で立ち直った 15年前を
いま振り返って思うのは

まず イの一番に やらねばならなかったことは

素のままの ありのままの 自分自身 
自分自身の 類まれなるユニークさを
感謝して そのまま 受け入れてあげることだった。

そして 本当に大事だったのは、
自分という 小さな固い枠にとらわれた 
小さな小さな世界から 抜け出すこと
飛び出すことだった。

形あるものは いつかは滅び
すべては 移り変わる
だからこそ 美しい。


もちろん
身なりを きちんと整えたり
自分の魅力を 最大限に磨くことも大事。

お洒落をしたり、
女性として生まれたことを
愛しみ、楽しみながらも、

でも そこだけに とどまらずに

今 世界中に ひとりしかいない 
自分という 人間の この体をもって生まれ、
ここに在ることを 感謝しながら

ワクワク体験を重ね 感覚を研ぎ澄ませ
もっともっと 自分の魂を成長させたり

自分という小さな枠を飛び出て 
他者のために 己を役立てられるような
生き方をしたいなと 切に思う。

MITSUKO


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Date : 2008.12.28 Sun 01:11  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(0)
Appreciate my own uniqueness (1)
OPINION & ESSAY

Topic:
More and more people are seeking plastic surgery for purely cosmetic reasons. Why are so many people willing to accept the costs and risks of this kind of surgery?

---------

My opinion is that we should not lightly seek plastic surgery. Now, there is a fair amount of advertisement for cosmetic surgery here and there and some people have facelift operations casually to incorporate a new look. However, I strongly disagree with this trend.

First, we cannot pursue a meaningful life with the attitude that if we do not like something, we should simply replace it. Even if we get plastic surgery, our lives will never become instantly perfect.

It may be true that someone who has been uncomfortable with his/her appearance would become temporarily confident if he/she got plastic surgery. I had the same kind of negative feelings toward my body as a ballet dancer. What I strongly believed then was that my life would become perfect if I obtained a very skinny and attractive figure.

However, I keenly realized that even if I had fine features, it did not mean that I would have no more struggles in life. Life would still be full of its ups and downs. What I had to do first was to accept myself as I was and appreciate my own uniqueness. What counts most was the ability to get out of my own little world.

In conclusion, I disagree with plastic surgery because all material things pass away and nothing stays forever. I believe that the most important thing in life is to grow our souls and serve other people, not to niggle over appearance.

MITSUKO


*********************
(Japanese)

【お題】
美容整形について、個人的に思うこと

最近では、より美しく、若く 
魅力的になりたいという理由から
簡単に 美容整形の手術を受けるような風潮があるけれど、
なぜ多くの人は、そうした手術にかかる費用やリスクを
喜んで受け入れるのでしょうか?

……という
ただいま勉強中の
英文ライティング(250ワード)で 
お題があり、
日本語でも 想うままに
書いてみました。

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ひとは 生まれながらに
自由意志と選択する権利が あるわけだから
それを存分に行使し、体験し、
学んだり、楽しんだりすればよいと思うのだが、

わたし、個人的には、
医学的・身体的な必要性を理由に含まない
表面、見栄えだけを追求したような美容整形は、
あまり軽々しく求めるべきではないと思っている。

だから わたしは いくら 
自分の胸が ペタンコ気味でも 豊胸手術は受けないし、
40代に入り、しわや顔の皮膚のたるみが
少々気になってきたとしても
シワとり手術や若返り手術は 今後も受けないだろう。。。

わたしも いちおう女性なので
きれいでいたい、美しくありたい
という 願望は 強くある。

自分が 本来持つ 女性性は
大切にしたいし、これからも
内側からも外側からも輝かせたいと思う。

でも 単に、美容上の理由で
自分が気に入らない顔や体のパーツを 
ハイっと 手軽に他のものと入れ替えたり、

人工的な方法で 増強したり補強したりすること、
それを 何度も何度も繰り返すようなことは
わたし個人的には やりたくない。


なぜなら、そうした

単に 嫌いだから、捨てる、
表面的に 取りかえる、
それを 繰り返す……

という姿勢では、人生 何やっても
うまくいかないんじゃないかなと 思うからだ。

つづく……☆

Date : 2008.12.27 Sat 22:22  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(0)
She has given me priceless gifts
DAILY AWARENESS

All children have a special place in their parents’ hearts. My daughter is very precious and has given me uncountable, meaningful experiences.

In my twenties, I had no plans to have children at all even after getting married; I was too busy with myself, pursuing my own career as a ballet dancer.

However, my life totally changed after my husband’s death. When I came back to Japan and remarried, I realized that I was entering into a different phase of life-learning, and then, I chose to start a family. However, it was not that simple: I underwent treatment for infertility and had several miscarriages, but I never gave up. One day, in October 2003, I could finally hold my long-awaited baby.

Yet, my life was full of challenges: I had complications during the delivery, and my daughter was born with the serious health problem of anal atresia, a birth defect in which the rectum is malformed. She also had a heart disease, but recovered in a miraculous way after an operation at three weeks of age.

Now my daughter has reached the age of five, and has been doing so well that it seems as if nothing had happened and her birth and been like that of other ordinary children. She has given me priceless gifts which I could have never experienced if I had not chosen to be a parent. I am very grateful that she has helped me to grow so much as a human being.

MITSUKO


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(Japanese)

どんな子どもも、きっと
みな両親のハートの中では
スペシャルな場所をもっている。

私の娘もそうだ。

これまで、数えきれないほどの
意味の深い 体験を 私に与えてくれた。

しかし、そもそも二十代のときには、
将来自分が子どもをもつなんて
まったく考えていなかった。

バレエダンサーとしての自分の夢を追い求めること、
自分自身のことで、いっぱい&いっぱいだったのだ。

でもそれが、前夫が亡くなったころから、
私の人生は劇的に変化していった。

日本に戻り、再婚したとき、こう気づいた。
いま、私は人生の学びの 違う段階、
ステージに入ろうとしているんだなと。

だから、別に 子どもなんていらないと、
ずーっとずーっと 言っていたにもかかわらず、
家族をもつことを選んだのは、ほかの誰でもない、
この私自身だった。

しかし、ことはそう簡単ではなかった。

不妊治療的な指導治療を受けに病院にも通ったし、
何度も流産の経験もした。
でも決してあきらめなかった。

そして2003年10月のある日、
長く待ち望んだ娘を、
とうとう抱きしめることができた。

しかし、人生のチャレンジはまだまだ続く。

最初の出産時にも(二度目もそうだった)、
私は癒着胎盤の問題で 感染症を引き起こし、深刻な事態に陥った。

そして娘も、「低位鎖肛」という先天性の直腸肛門の形成異常があり、
さらに心臓病もあると告げられた。

でも、生後3週間で手術を受けた娘は、
その後信じられないほどの回復ぶりをみせて、
生まれもった、生命の躍動感、力強さを
十二分に 発揮してくれた。

そんな娘も、今や5歳になった。
手術をして以来、その後も 検査や経過観察で
病院には定期的に通っているものの、

彼女は おむつもごくふつうに はずれ、
生まれた時のことが なかなか思い出せないくらいに
あのとき感じた 親としての 胸がえぐられるような
深い痛みや悲痛な想いを 思い出すことが難しいくらい、
彼女は、今、元気にやっている。

娘は、お金では買えない贈り物を私に与えてくれた。

それはもし、あのとき親になることを選ばなかったら、
体験でき得なかったことだ。

娘が、私自身、親として、そして人間としても、
大きく 成長させてくれたことに、
心から、今、感謝している。

MITSUKO


Date : 2008.12.15 Mon 07:41  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(0)
My life's blueprint
I have been working on creating my life's blueprint with my spiritual concierge, JUJU. I had a session with her in Tokyo last week, and told her what kind of visions had been coming to me these past few days.

The keywords I picked were:
"Native spirit"
"Space-time environment for Mother Earth"
and
"Our endangered mind".

This feeling is still vague and hard from me to explain, but recently I’m getting unexplainable strong feelings about our urgent need for attention and the need to take action to reconnect to Mother Earth which is our very root. We need to revalue our ethnic origin and native spirit as earth people who have wisdom from ancient souls in order to address and respond fundamentally to global environment issues and our endangered minds in the age to come. I want to be active, and if I could do something, I would tell the world about these issues.

MITSUKO


Date : 2008.11.02 Sun 17:00  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(0)
Any journey and life
To travel abroad is one of the best ways to refresh ourselves and get away from trivial rounds, and now we can choose from a variety of travel options. Among them, there are two prominent types of travel, a solo trip and a group tour. They both have pros and cons.

One of the appeals of traveling alone is that we can enjoy the spirit of self-reliance. We will also have a lot of opportunities to reflect on life and to realize that freedom comes with responsibility. It helps us foster a sense of independence and have more confidence in ourselves.

On the other hand, a group tour has its own attractions. We can just sit back and relax, and enjoy the trip. Almost everything is pre-arranged. The cost of a travel package is comparatively low to going it alone and it is possible to receive various services on the road at discount rates. We may also have the opportunity to get to know the other people deeply on the tour.

In conclusion, whether going solo or on a group tour, traveling can be a wonderful experience. Any journey and life may have something in common. The crucial point is what we choose to do. In order to make the right choice, we must first know ourselves well, and then know exactly where we want to go and what we really want from the experience.

MITSUKO


Date : 2008.10.29 Wed 16:57  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(0)
Any one place in the world
ESSAY

If I were awarded an expense-paid trip
to any one place in the world,
where would I go?


Winning an expense-paid trip
would be very exciting for anyone.
If Lady Luck smiled on me
and I were in that position,
I would go to New York City.

That's because
I have wanted to visit there again
for a long time.

I studied abroad
and lived in NYC from 1990-1999.
Those days have become
my cherished memories.

One of the scenes
that attracted me the most was
the Christmas illuminations in December.

I also loved looking at church yards,
with the Christmas ornaments and decorations.

Walking by them lit up in the snow at night,
always made me feel incredibly solemn.

Another unforgettable scene was
the entire view of lower Manhattan
from the Brooklyn side.

The buildings started to light up at sunset,
and they were incredibly gorgeous.

With that view,
I was always able to have fresh determination
and get over hardships in those days.

NYC is full of energy,
and it gives anyone
insightful and meaningful experiences.

In NYC, I would want to visit many memorable places
and totally refresh myself,
setting aside the role of being a mother.

I would visit my late husband's grave
in upstate New York,
and tell him the long story of the things
that have happened to me in these past ten years.

NYC has always claimed a very special place
in my heart.

I am sure that visiting there again at this time
would broaden my horizons
and lead me to find my higher potential.


MITSUKO

Date : 2008.10.08 Wed 08:00  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(0)
Life Threatening Fear
On April 22, 1998, my late husband Frederic was diagnosed with terminal colon cancer and told that he might have less than six months to live. He was only 43 years old. I was devastated that the most frightening thing I ever imagined was happening.

After my father died when I was eight, I never ever wanted to be left behind. I used to tell Frederic that I wanted to die before him; but when I heard the doctor’s diagnosis my ardent wish had to be swept under the carpet.

Frederic lived his life to the fullest and passed away peacefully after a one-year battle with cancer. I did not have any regrets because I had done everything that I could do. What I have learned from the incident is that life goes on, even if my beloved person is gone forever and I must live.

When the most frightening thing I could think of really happened, it could have shattered me completely. But it did not. Instead, I learned that it was my choice how to react and how to face the reality. When I overcame what I had been scared of, I gained the deep confidence and assurance that no matter what happens I would be all right. Frederic used to tell me that FEAR stands for “False Evidence Appears Real.” Life is but a span, and too short to be scared of such illusions


Date : 2008.09.29 Mon 18:00  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(0)
Welcome to my blog!
Hi, I'm Mitsuko.

Today, I' m starting a blog.

I am very interested in spirituality, Cosmic Consciousness,
and holistic healing.

In this blog, I’d like to share with you about my daily awareness,
spiritual growth, the quest for my ethnic origin, Japanese soul
and spirituality, and more.

I hope you enjoy reading my blog!

MITSUKO


Date : 2008.09.29 Mon 17:21  Essay (エッセイ)| コメント(0)|トラックバック(0)
 

  

 

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